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アストラッド・ジルベルト/おいしい水

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2008年10月30日

アストラッド・ジルベルト/おいしい水 Astrud Gilberto / The Astrud Gilberto Album

 今日はボサノバからアストラッド・ジルベルトのデビュー・ソロ・アルバムを紹介しましょう。邦題は『おいしい水』、英語では"The Astrud Gilberto Album"。パーソネルは、アストラッド・ジルベルト(vo)、アントニオ・カルロス・ジョビン(vo,g)、ジョアン・ドナート(p)、バド・シャンク(fl,sax)、マーティ・ペイチ(arr)、他。1965年米ハリウッド録音。Verve。

 アストラッド・ジルベルト(1940~)は、著名アルバム『ゲッツ・ジルベルト』(1963年)でいきなり歌手デビューし、シングルカットされた「イパネマの娘」の大ヒットとともにボサノバの歌姫として絶大な人気を得ました。本作は1965年に製作・リリースされた彼女のデビュー・アルバムです。

 アストラッド・ジルベルトは決して上手いとは言えない歌手ですが、思うにボサノバではそのメロディとリズム、ハーモニーの3要素がいずれも非常に魅力的なので、歌手の上手い下手はあまり重要でないのかなと感じます。もちろん歌が上手い方が演奏としてベターなのに決まっていますが、歌手の役割にはアントニオ・カルロス・ジョビンらの作る美しいメロディを平坦に紹介することに大きな意味があると思うのですね。

 元夫のジョアン・ジルベルトのつぶやくような個性的な歌い方も奇妙といえば奇妙ですし、A・C・ジョビンも歌うことが多いのですがアストラッド・ジルベルトよりもっと素人っぽいですね。でもそれらは繰り返し聞いてればそれなりに違和感なく聞けるから不思議です。それに、ボサノバの魅力には素敵なメロディだけでなく、何と言っても独特のボサノバのリズムがあります。そのリズムの基本はギターにあり、ジョアン・ジルベルトが原型を作ったと言われるそのギター奏法はボサノバ特有の寛いだ雰囲気を醸し出します。

 あと、ハーモニーというかアレンジの妙っていうのがボサノバ音楽にはあると思うのですね。本作ではマーティ・ペイチという米西海岸のジャズバンドのリーダー&アレンジャーが担当していてそれなりによい具合ですが、ボサノヴァ・アレンジの大御所クラウス・オガーマンやデオダートらのアレンジってもっと洗練や粋がありますね。裏筋を舐めるような、ソコソコと痒いところに手が届くような快楽印の音使い楽器使い。華麗なオーケストレーションだけでなく、フルートやトロンボーン、それに朴訥だけどツボを押えるピアノなど。

 ところで、アストラッド・ジルベルトが歌手になったきっかけというのがほとんど偶然からのものだそうですね。先の『ゲッツ・ジルベルト』中の「イパネマの娘」はジョアン・ジルベルトがポルトガル語で歌った後、アストラッド・ジルベルトが英語で歌っていますが、これはプロデューサーのクリード・テイラーが英語の歌詞を入れたいとの希望があって、たまたまスタジオに居合わせた彼女が自分なら少しは英語で歌えると申し出たことがきっかけだそうで、夫君は反対したもののテイラーと他の参加メンバーらが賛成してレコーディングに至ったと。(参照→Astrud Gilberto Biography

 さらには、同曲はシングルカットされてポピュラーソングとして大ヒットしますが、そのシングル盤の方はアストラッドのみの歌になっていまして、元は5分ほどあった曲をジョアンの歌をカットすることで3分以内にしたとのこと。当時はラジオなどで流すために3分内というのがシングル・ヒットのための必須要件だったのですね。アストラッドはジョアンと1964年に離婚して息子たちを引き取って米にて活動、ジョアンはその後ミウシャというやはりボサノバ歌手と再婚、その間にできた娘ベベル・ジルベルトが現在歌手として活躍中ですね。
 
 他のボサノバ女性歌手の有名どころでは、シルビア・テレス、エリス・レジーナ、ガル・コスタ、ミウシャなどが私の好みになりますが、アストラッド・ジルベルトは彼女らに比して明らかに歌は上手くはないですし、声質もまあ平凡です。ナラ・レオンが近い感じ。ただ、素人っぽさの中にある種の魅力的な透明感と虚無感があること、それに自身もそう思っていたかどうか知りませんが、自分の声を一つの楽器に見立てて主旋律を器楽的に歌うことに徹しているふしが感じられます。その傾向は自身の客観的価値を知るほどにその後の活動の中でより強化されていったように思います。

 本作は、11曲中10曲がA・C・ジョビンの作品(4以外)で、7曲を英語、残り4曲を母国語ポルトガル語で歌っています。いずれもボサノバを代表する有名曲ばかりでさながらボサノバ名曲集です。アストラッド・ジルベルトの歌は素朴で可憐、まるで隣のきれいなお姐さんが気取りなく風呂場で歌っているような雰囲気(リヴァーブ強め)。曲自体がどれも素敵なのですぐに馴染んでしまいます。個人的には7曲目のジンジが彼女のアンニュイな感じがいい具合に出ていて好きです。あと、ピアノが私の好きなジョアン・ドナートなのも聞き所。流石に独特のセンスと音使いが光ってます。

1. ワンス・アイ・ラヴド Once I Loved
2. おいしい水  Agua de Beber
3. 瞑想 Meditation
4. アンド・ローゼズ・アンド・ローゼズ And Roses And Roses
5. 悲しみのモロ O Morro (Nao Tem Vez)
6. お馬鹿さん How Insensitive
7. ジンジ Dindi
8. フォトグラフィア Photograph
9. 夢みる人 Dreamer
10. あなたと一緒に So Finha de Ser Come Voce
11. サヨナラを言うばかり All That's Left Is To Say Goodbye

iTunes Music Store では試聴可能です。→Astrud Gilberto & Antonio Carlos Jobim - The Astrud Gilberto Album アストラッド・ジルベルト/おいしい水

Astrud Gilberto (vo), Bud Shank (fl,sax), Stu Williamson (tp), Milt Bernhart (Trombone), João Donato (p), Antonio Carlos Jobim (g,vo), Joe Mondragon (b), Marty Paich (arr), Rudy Van Gelder (Mastering), Guildhall String Ensemble, David Hassinger (Engineer), Jack Maher (Original Liner Notes), Michael MalatokCover design), Creed Taylor (Producer).
Recorded at RCA Studios, Hollywood, California; January 27-28, 1965.

関連エントリはこちら。
 →アントニオ・カルロス・ジョビン/イパネマの娘
 →エリス・レジーナ&アントニオ・カルロス・ジョビン/エリス&トム
 →ベベル・ジルベルト/タント・テンポ
 →ミウシャ&アントニオ・カルロス・ジョビン/コンプリート&モア
 →ジョアン・ドナート/ボッサ・ムイト・モデルナ
 →小野リサ/サウダージ

最後に You Tube から 「イパネマの娘」(1964年)をアップしておきます。スタン・ゲッツも映ってます。外は雪なのですね。

Astrud Gilberto Stan Getz Ipanema 64

投稿者 Jazz Blogger T : 16:35 | トラックバック

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